心に残った講演②――本人ではなく、周りを変えるということ
前回は、GPSや離床センサーを例に、「何を防ぐか」ではなく「何を可能にするか」ということを書きました。
前回の内容は、「心に残った講演――同じ支援でも意味は変わる」で書いています。
今回は、障害を本人の中だけの問題にせず、周囲や環境との関係から考えます。
今回の講演では、新しい認知症観を考えるうえで、私の心に残った3つの視点がありました。
「主体性」「障害の所在」「物語」
ただ、この講演で学んだことは、この3つだけではありません。
まだまだ自分の中で考えてみたいことがたくさんあります。
今回はその中から、「障害の所在」という考え方について書いてみたいと思います。
この話を聞いたとき、私は6〜7年前に授業で聞いた、ある認知症の方への支援を思い出しました。
「外に出ないようにする」ではなかった
少し前の話なので、細かなところまでは覚えていません。
たしか、外出を繰り返す認知症のある方についての話でした。
もしかすると、行動障害型前頭側頭型認知症(bvFTD)の方だったのかもしれません。
行動障害型前頭側頭型認知症では、同じ行動を繰り返す常同行動などがみられることがあります。
ただ、実際にその方がどのような診断だったのかは覚えていませんので、ここでは「認知症のある方」として書きたいと思います。
その方には、だいたい同じ時間帯に外へ出るという行動のパターンがあったそうです。
一人で外出すれば、道に迷ったり、事故に遭ったりする可能性があります。
そうなると、
「一人で外に出ないようにしよう」
「誰かが付き添わなければ」
と考えてしまいそうです。
ところが、授業で聞いた支援は違いました。
「その時間だけ、少し気にかけてもらえませんか」
その方が外に出る時間帯は、ある程度分かっていました。
そこで、その時間に地域にいる人たちに協力をお願いしたそうです。
私の記憶では、学校の先生や、地域で清掃活動をしているボランティアの方などだったと思います。
「この時間帯だけ、少し外に注意を向けていてほしい」
そんなふうにお願いして、地域の中にその方を見守る目を増やした。
そうすることで、その方は外出を続けることができた。
今回の講演で「障害の所在」という話を聞いたとき、私はこの話を思い出しました。
「障害」は本人の中だけにあるのだろうか
講演では、車いすを利用している人と道路の段差を例に、「障害の所在」についての話がありました。
車いすを利用している人が、段差があって先へ進めない。
それを、
「車いすだから進めない」
と見るのか。
それとも、
「ここに段差があるから進めない」
と見るのか。
同じ状況でも、見方が変わります。
段差をなくせば、その人は進むことができるかもしれません。
つまり、障害を本人の中だけにあるものとして捉えるのではなく、本人と社会や環境との関係の中で考える。
この話を認知症のある方の暮らしに置き換えると、私はとても分かりやすく感じました。
本人を変えるのではなく、環境を変える
6〜7年前に聞いた事例の方も、認知症そのものが改善したわけではありません。
外に出ることをやめてもらったわけでもありません。
変えたのは、その方を取り巻く環境でした。
いつ頃外に出るのかを知る。
その時間帯に地域にいる人たちに、少しだけ気にかけてもらう。
困っている様子があれば、声をかけてもらう。
本人に、
「外に出ないでください」
と求めるのではなく、その人が外出を続けられるように周囲のほうを変えたわけです。
本人にある「できないこと」だけを見るのではなく、周りを変えることで「できること」に変えられないか。
6〜7年前にこの話を聞いたときにも、「こういう支援の方法があるのか」と感じたのだと思います。
でも今回、「障害の所在」という言葉を聞いたことで、あのとき聞いた話が、自分の中でもう一度つながりました。
「何を可能にするか」の、その先へ
前回の記事では、GPSや離床センサーについて、
「何を防ぐか」から「何を可能にするか」へ
ということを書きました。
GPSを「行方不明にならないため」に使うのか。
それとも、「本人が安心して外出を続けるため」に使うのか。
同じ支援でも、その目的によって意味は変わります。
振り返ってみると、これは今回の講演で示された「主体性」という視点にもつながっていたのだと思います。
そして今回考えた「障害の所在」は、そこからもう一歩、私の視点を広げてくれました。
「本人をどう変えるか」ではなく、「本人が続けたい暮らしのために、周りの何を変えられるか」。
本人にできないことが増えたとき、私たちは本人への支援を考えます。
もちろん、それは必要です。
でも、変えることができるのは本人だけではありません。
地域の人の関わり方。
本人に分かりやすい目印。
建物や道路などの環境。
そして、私たち支援者の見方そのもの。
本人は変わらなくても、周りが変わることで続けられる暮らしがあるのかもしれません。
6〜7年前の話が、今になってつながった
今回の講演で、
「主体性」「障害の所在」「物語」
という視点を聞きました。
その中の「障害の所在」という言葉から、6〜7年前に授業で聞いた支援の話を思い出しました。
当時も「こういう支援の方法があるのか」と感じたのだと思います。
でも今になって、
「本人を変えるのではなく、本人が暮らし続けられるように環境のほうを変える」
という意味が、自分の中で改めてつながったように感じます。
「この人には何ができないのだろう」ではなく、
「この人が続けたい暮らしのために、周りの何を変えられるだろう」。
そんな視点を、これからの支援でも大切にしていきたいと思います。
今回の講演には、「物語」という考え方をはじめ、ほかにもまだまだ自分の中で考えてみたいことがありました。
一度にすべてを書こうとせず、これまで自分が経験してきたこととも重ねながら、これからも少しずつ書いていきたいと思います。
その後、本人の声を大切にしたいと思いながら、自分が聞きたい答えを探していなかったかを、「心に残った講演③――私は「理想の本人の声」を探していた」で振り返りました。
