花を植えるだけで終わらせないーー少人数でも、意図をもって伝えることに意味があるーー
今日は、認知症への理解を広げることを目的とした花植えの活動に関わりました。
少人数の中学生や地域の方々と一緒に、オレンジ色の花を植える活動です。
私の役割は、認知症について講義をすることではありません。
花植えのお手伝いや、活動がスムーズに進むように関わることでした。
そんな中で、一つ考えたことがあります。
花を植えることだけで終わってしまったら、少しもったいないのではないか。
オレンジ色の花を植える意味
オレンジ色の花を植える活動には、認知症への理解を広げていくという意味があります。
もちろん、みんなで花を植えることそのものにも意味があります。
世代の違う人たちが一緒に作業をすることも、大切な交流です。
ただ、「今日は花を植えました」で終わるのではなく、その時間を使って認知症のことを少しでも知ってもらう。
そのためには、こちら側が**「この機会に何を伝えたいのか」という意図を持って関わること**も必要なのではないかと思いました。
大人数に伝えることと、少人数で関わること
例えば、大勢の人を前にして認知症について話をすれば、一度に多くの人へ情報を届けることができます。
それは、とても大切な啓発活動だと思います。
一方で、少人数で一緒に作業をすると、また違った関わり方ができます。
花を植えながら、少し話をする。
作業の合間に、認知症について伝える。
講義とは違う距離感で言葉を交わすことができます。
身近な生活の場面に置き換えて認知症を伝えた経験は、「普通の物忘れと認知症の物忘れ――出前講座で感じたこと」に書いています。
大人数に一度に伝えることと、少人数で一緒に何かをしながら伝えること。
どちらが良いということではありません。
ただ、少人数だからこそ、その時間をどう使い、何を持ち帰ってもらうのかを考えることができる。
そんな啓発の形もあるのだと思います。
一人に伝えることは、一人で終わらない
今日、もう一つ考えたことがあります。
仮に、私が伝えられた相手が一人だけだったとしても、その一人が家に帰って家族に話すかもしれません。
もし家族が5人いれば、最初は一人に伝えた話が、家族の中で4人に広がることもあります。
そして、その家族の誰かが、また別の人に話すかもしれません。
そう考えると、目の前にいる人数だけで活動の意味を判断する必要はないのだと思います。
少人数だから意味が小さいのではなく、まず目の前の一人にきちんと伝えることが大事なのかもしれない。
その一人が、次の誰かにつないでくれることがあります。
認知症への理解は、こうした小さな広がり方をすることもあるのだと思いました。
「いつもと違う」に気づいたとき
私が伝えたいと思ったのは、認知症の人を早く見つけてほしい、ということではありません。
地域には、認知症が疑われても、なかなか相談や受診につながらない人がいます。
もちろん、中学生に認知症かどうかを判断してもらいたいわけではありません。
ただ、家族や身近な人を見て、
「最近、何かいつもと違うな」
と感じることがあったときに、その気づきを自分だけの中にしまわず、家族や周りの大人に話してみる。
それだけでも、誰かが相談につながるきっかけになるかもしれません。
相談を待つだけでは届かない人に、地域からつながっていくことについては、「本当に支援が必要な人ほど、相談に来ない」にも書いています。
認知症について詳しくなることだけが、認知症を知るということではないのだと思います。
「何か違う」と感じたときに、誰かに話してみる。
そんなことを覚えていてもらうだけでも、意味があるのではないでしょうか。
活動したことだけで終わらせない
こうした活動では、参加した人数を記録したり、活動の様子を残したりすることもあります。
それも事業を続けていくうえでは必要なことです。
ただ、活動を実施したという事実だけで終わってしまうのは、少しもったいない気がします。
何人が参加したのか。
何本の花を植えたのか。
それだけではなく、
「その時間を使って何を伝え、参加した人の中に何が残ったのか」
そこまで考えて関わることが大切なのかもしれません。
花を植えることは、目的そのものではなく、誰かと話すためのきっかけにもなります。
そして、その話は一人から家族へ、家族からまた別の誰かへと広がっていくことがあります。
だからこそ、少人数だからと思わず、目の前の一人に丁寧に伝える。
今日の活動を通して、そんなことを考えました。
