認知症看護・ケア

嫉妬妄想だけを見ない②――「行きたくない」精神科受診をどうつないだか

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「精神科には行きたくない」

そう言われたとき、私は「どう説得するか」ではなく、なぜ行きたくないのか、誰となら行けるのか、どこなら行けるのかを考えました。

受診拒否への支援は、正しい説明を繰り返すことではなく、本人が受診できる条件を整えることなのかもしれません。

精神科には行きたくない

前回は、Aさんの嫉妬妄想を「夫婦間の格差」という視点から考えました。

夫の周囲にいる女性を疑うことが増え、家族や支援者も対応に困る状況になっていました。

医療につなぐ必要性も感じましたが、Aさん自身は精神科を受診することに抵抗がありました。

「受診した方がいいですよ」

そう説明することはできます。

しかし、本人が「行きたくない」と思っている状態で、同じ説明を繰り返しても、必ずしも受診につながるとは限りません。

私はまず、なぜ精神科に行きたくないのかを考えることにしました。

「なぜ行きたくないのか」を考える

精神科に対するイメージは、人によって大きく違います。

特に長く地域で暮らしてきた方の中には、

「あの病院に行ったと思われたくない」

「精神科に行くほどではない」

と感じる方もいます。

Aさんにも、精神科を受診することそのものへの抵抗がありました。

だからこそ、

受診を拒否している=治療を必要としていない

とは考えませんでした。

病院に行くことが嫌なのか。

「精神科」という言葉が嫌なのか。

知っている人に見られることが嫌なのか。

一人で行くことが不安なのか。

そこを一つずつ考えていく必要があると思いました。

誰の言葉なら届くのか

Aさんには、とても大切に思っている家族がいました。

その家族の話になると、表情も言葉も変わります。

そこで、その人から受診を勧めてもらえないかと考えました。

支援者が何度説明しても届かない言葉が、本人が信頼している人からであれば届くことがあります。

今回も、本人が大切に思っている家族に付き添ってもらう形を提案しました。

Aさんは、その付き添いであれば受け入れることができました。

「誰が言うか」も支援の一部です。

専門職だから届くとは限りません。

本人がこれまで築いてきた人間関係の中に、支援の入口があることもあります。

受診先そのものを変えてみる

もう一つ考えたのが、受診する場所でした。

生活圏の中にある精神科ではなく、少し離れた地域の医療機関を選びました。

本人にとって、周囲の目を気にせず受診できることが、心理的な負担を少し下げるのではないかと考えたからです。

どこの病院を選ぶかは、医療機能だけで決まるものではありません。

本人にとって、

「ここなら行ってもいい」

と思える場所かどうかも大切です。

受診につなぐとは、病院を紹介するだけではなく、本人が受診できる条件を一緒に探すことなのかもしれません。

受診につながったあと

結果として、Aさんは家族の付き添いで受診することができました。

そこで治療について検討され、内服の調整も行われました。

その後、以前は受け入れることが難しかった支援を利用できるようになり、外へ出かける機会も少しずつ増えていったと聞きました。

もちろん、身体の痛みやしびれそのものがすべて解決したわけではありません。

それでも、受診につながったことをきっかけに、生活の中で受け入れられる支援が広がっていったことは、大きな変化だったと思います。

「受診してください」だけでは届かない

今回の支援を振り返って、私は三つのことを考えました。

なぜ行きたくないのか。
誰の言葉なら受け入れられるのか。
どこなら行けるのか。

受診を拒む人に対して、正しいことを繰り返し説明するだけでは動かないことがあります。

だからこそ、

「どうすれば受診してもらえるか」ではなく、「何が受診を難しくしているのか」を考える。

そこから支援を組み立てることも必要なのだと思います。

今回の経験を振り返る中で、もう一つ考えるようになったことがあります。

それは、嫉妬妄想が起きてから対応するだけではなく、夫婦の生活に「差」が広がり始めた段階で、できることがあるのではないかということです。

続く第3回では、夫婦の生活差に早めに気づき、できる役割を残すことについて考えます。

プロフィール
しるべ
しるべ
認知症看護認定看護師
認知症看護認定看護師として、認知症疾患医療センターで認知症に関わっています。 これまで急性期病院での勤務経験があり、ケアマネジャー資格、家族の介護経験もあります。 専門職としてだけでなく、家族として悩んだ経験も含め、日々の関わりの中で感じたことや気づいたことを、自分の言葉で綴っています。 正解を押しつけるのではなく、「こんなこともあるよね」と一緒に考えられる場所にしたいと思っています。
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