嫉妬妄想だけを見ない①――「夫婦間の格差」という視点
「主人は浮気しているのではないか」
認知症のある方から、そんな言葉が聞かれることがあります。
これまで私は、嫉妬妄想がみられたとき、「どう対応するか」という視点で考えることが多かったように思います。
しかし、ある方への支援を通して、妄想そのものだけではなく、その人の暮らしや夫婦関係に何が起きているのかを見ることも大切なのではないかと感じました。
以前は、どこへでも出かける人だった
Aさんは、とても話好きな方でした。
好きな歌手の話になると次々と言葉が出てきます。昔の仕事についても、「みんなから頼りにされていた」と、少し誇らしそうに話されていました。
もともとは活動的で、外出することも好きだったそうです。
ところが、足の痛みやしびれが強くなり、以前のように自由に動くことが難しくなりました。治療も受けていましたが、思うようには改善せず、家事や外出も少しずつ難しくなっていました。
一日の多くを自宅で過ごすようになった一方で、夫はこれまでと同じように趣味や外出を続けていました。
以前は一緒に買い物へ行くこともあったそうですが、それも少なくなっていました。
そんな中、Aさんには夫への嫉妬妄想がみられるようになりました。
夫の周囲にいる女性を疑い、支援者や知人に対しても「夫と何かあるのではないか」と話すことがありました。
夫が加わると、表情が変わった
私が訪問したとき、Aさんは温かく迎えてくれました。
好きな歌手や昔の仕事について話していると、とても楽しそうでした。
ところが、途中から夫が会話に加わると、少し様子が変わりました。
夫をけなすような言葉が増え、私と夫が二人で話していると、
「私の文句ばかり言って」
と感情が大きく揺れ、涙を流す場面もありました。
その様子を見ながら、私は、
「この人にとって、今の夫婦の暮らしはどう見えているのだろう」
と考えるようになりました。
「嫉妬妄想だから事実ではない」と決めつけない
ここで、もう一つ大切だと思ったことがあります。
嫉妬妄想がある認知症の方だからといって、「全部が事実ではない」と最初から決めつけないことです。
夫婦には長い歴史があります。
過去に実際に浮気があったかもしれません。本人が裏切られたと感じる出来事や、長年抱えてきた不満があった可能性もあります。
今の訴えが事実かどうかとは別に、
その人がこれまで夫婦関係をどう感じてきたのか
を知ろうとする視点も必要なのだと思います。
「夫婦間の格差」という視点
嫉妬妄想について調べる中で、「認知症における嫉妬妄想治療マニュアル」にある「夫婦間の格差」という視点を知りました。
認知症や身体機能の低下によって、これまでできていたことができなくなり、配偶者への依存が増える。
一方、配偶者はこれまでと同じように生活している。
そうすると、以前はそれほど大きくなかった夫婦間の生活や役割の差が、少しずつ広がっていくことがあります。
Aさんの暮らしを振り返ると、重なる部分がありました。
以前は自分で家事をし、外出し、人から頼られる生活を送っていた。
しかし今は、痛みによってできることが減っている。
一方で、夫は以前と同じように外出し、自分の趣味を楽しんでいる。
もちろん、この「差」だけが嫉妬妄想の原因だと考えることはできません。
ただ、妄想という症状だけを見るのではなく、本人が何を失い、夫婦の暮らしがどう変化したのかを見ることで、支援の見え方は変わるのではないかと思いました。
できることまで、なくさない
そこで家族には、Aさんがまだできることについては、時間がかかってもやってもらえるように配慮してほしいとお伝えしました。
例えば、料理すべてをすることが難しくても、野菜の皮をむく、切る、盛り付ける。
掃除も、すべてを任せるのではなく、できる範囲をお願いする。
周囲からすると、「痛いだろうから」「大変だろうから」と、代わりにやってあげたくなります。
それも大切な支援です。
ただ、
できないことが増えたからといって、できることまでなくしてしまわない。
家庭の中で「自分にもまだ役割がある」と感じられることも、その人の暮らしを支える一つの方法なのかもしれません。
今回の経験から、私は嫉妬妄想を見るとき、
「どうすれば疑わなくなるのか」
だけではなく、
「この人は何ができなくなったのか」
「どんな役割を失ったのか」
「夫婦の生活に、どんな差が生まれているのか」
「これまで夫婦関係をどう感じてきたのか」
を見ることも大切だと感じました。
症状だけを見るのではなく、その人がこれまでどんな生活をしてきて、今何を失いつつあるのかを見る。
それが、嫉妬妄想を理解する一つの手がかりになるのではないかと思います。
続く第2回では、Aさんの「精神科には行きたくない」という思いを受け、受診できる条件をどう探したかを振り返ります。
