日々の気づき

弱いところを指摘された日に、自分の良いところを考えた

srnote26

今日は仕事で、自分でも苦手だと感じている部分について、厳しい指摘を受けた。

やはり気持ちは落ちる。

でも、その帰り道に思った。

悪いところばかり見ていると、自分の良いところまで見えなくなってしまう。

今日は、自分の不得手について少し考えた一日だった。

苦手だから、できないわけではない

私は、文章を整えることがあまり得意ではない。

頭の中では考えていても、それを分かりやすい言葉にするのが難しいことがある。

認知症看護認定看護師として学ぶ中では、本人や家族の思いをくみ取り、それを言葉にして伝えることの大切さも学んできた。

だからこそ、「文章が苦手」ということを、自分の弱点として感じることもある。

でも、文章が苦手だからといって、ブログが書けないわけではない。

私はChatGPTの力も借りながら、自分の中にある考えを整理し、こうして文章にしている。

苦手なことがあっても、方法を工夫すれば、自分の思いを誰かに伝えることはできる。

それでいいのではないかと思う。

不得手があることと、劣っていることは違う

人には、得意なことと不得意なことがある。

私は文章を整えることは得意ではない。

一方で、患者さんやご家族の話を聞くこと、一緒に考えることは大切にしてきた。

自分を信頼して話をしてくださる患者さんや、ご家族もいる。

だから、文章が不得意だからといって、認知症看護認定看護師として劣っているわけではないと、自分では信じている。

ただし、

「苦手だから仕方がない」

で終わっていいとも思わない。

苦手なら、少しずつ学ぶ。

人の力を借りる。

道具を使う。

伝え方を工夫する。

得手不得手があることと、努力しなくていいことは別の話だと思う。

認知症のある方を見るときにも

そんなことを考えていると、認知症のある方への関わりも同じではないかと思った。

認知症になると、どうしても「できなくなったこと」が目につく。

物忘れが増えた。

判断に時間がかかる。

今までできていたことが難しくなった。

もちろん、支援するためには、難しくなったことを知る必要がある。

でも、そこばかり見ていると、その人全体まで「できない人」に見えてしまうことがある。

人を気遣うことができる。

好きなことがある。

誰かと話して笑える。

まだできることも、たくさん残っている。

できないところは補い、できるところは大切にする。

考えてみれば、それは認知症のある方だけではなく、私自身にも必要なことだった。

今日の指摘は、気持ちの良いものではなかった。

でも、自分の弱いところだけではなく、できているところにも目を向けるきっかけにはなった。

適度な負荷が、人を成長させることがある。

その意味を、今日は少しだけ実感した気がする。

苦手なことがある。

でも、それだけで自分全部が決まるわけではない。

補いながら、努力しながら、自分にできることを続けていけばいい。

今日は、そんなことを考えた一日だった。

プロフィール
しるべ
しるべ
認知症看護認定看護師
認知症看護認定看護師として、認知症疾患医療センターで認知症に関わっています。 これまで急性期病院での勤務経験があり、ケアマネジャー資格、家族の介護経験もあります。 専門職としてだけでなく、家族として悩んだ経験も含め、日々の関わりの中で感じたことや気づいたことを、自分の言葉で綴っています。 正解を押しつけるのではなく、「こんなこともあるよね」と一緒に考えられる場所にしたいと思っています。
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