認知症看護・ケア

受診を拒む認知症の方とどう向き合うか②――受診につなげられた。でも、本当にそれでよかったのか

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受診を拒んでいた認知症の方を、家族と支援者で受診につなげました。家族は安心し、本人も今は穏やかに暮らしているように見えます。
それでも、本人は受診を望んでいませんでした。今回は、家族を支えることと本人の意思を守ること、その間で生まれる支援者の迷いについて書きます。

前回の記事では、受診を拒んでいた認知症の方が、どのように受診につながったのかを書きました。

本人は「自分には病院は必要ない」と考えていましたが、一方で家族は、周囲とのトラブルへの対応を繰り返し、かなり疲れていました。家族としては何とか受診につなげたい。しかし、本人にはその必要性が伝わらない。そんな状況でした。

私たちは何度か訪問しながら、その方が何を大切にしてきたのか、どんなことに興味があるのか、昔どんな経験をしてきたのかを聞いていきました。

その中で、その方にとって思い出のある場所があることが分かりました。そこで、「久しぶりに見に行きませんか」「私にも見せてください」と声をかけ、一緒に出かけることになりました。

そして、その帰りに、

「せっかくここまで来たから、病院にも寄っていきましょう」

と声をかけ、その流れで受診につながりました。

本人は受診を望んでいなかった

結果として、受診にはつながりました。家族からは「本当にありがとうございました」と言っていただき、私自身も、家族の負担が少し軽くなったことにほっとしました。

ただ、本人は最初から病院へ行くつもりで外出したわけではありません。

振り返ると、私の中には今でも、「ある意味では、本人をだますような形で受診につなげたのではないか」という感覚が残っています。

家族にとっては、受診できたことで大きな安心につながったと思います。周囲とのトラブルも落ち着きました。

でも、本人の立場から見たとき、あの支援はどうだったのか。

そこが今でも引っかかっています。

家族は救われた。でも、支援者には迷いが残った

家族は、本当に困っていました。周囲とのトラブルに対応し続け、この先どうしたらよいのか分からなくなっていたのだと思います。

だからこそ、受診につながったことには大きな意味がありました。

一方で、支援する側には別の苦悩があります。

本人の意思は大切にしたい。できれば、本人自身が納得した上で必要な支援につながってほしい。そう思っていても、現実には、それだけではどうにもならない場面があります。

本人は受診したくない。

家族は限界に近づいている

周囲とのトラブルも続いている。

何もしなければ、家族や周囲の負担が続きます。しかし介入すれば、本人の意思を置き去りにしてしまうかもしれません。

その間で、支援者は判断しなければならないことがあります。

家族から「ありがとう」と言っていただいても、すべての迷いがなくなるわけではありません。

むしろ、「家族にとってはよかった。でも、本人にとってはどうだったのだろう」という問いが残ります。

今は穏やかに暮らしているように見える

その後、その方は入院を経て、生活する場所も変わりました。

現在の様子を見ると、今いる場所を自宅のように感じながら、穏やかに暮らしているように見えます

作業療法では、昔のことを思い出しながら語る機会もあります。

認知症の方への関わりの一つに、回想法があります。回想法とは、昔の写真やなじみのある物、過去の出来事などをきっかけに、その人が歩んできた人生を思い出し、語ってもらう関わりです。

昔の仕事のことや若い頃のこと、好きだったこと、自分が頑張ってきたこと。そうした話をしているとき、その方には穏やかな表情が見られます。

私たちから見ると、今の生活に満足しているように感じることもあります。

それを見ると、私自身も「今の生活も、この方にとって悪いものではないのかもしれない」と思うことがあります。

それでも「これでよかった」と言い切れるのか

今、その方は穏やかに暮らしているように見えます。家族も安心し、周囲とのトラブルもなくなりました。

それなら、「あのときの支援でよかった」と言ってしまってよいのでしょうか。

本人には、自宅で暮らしたいという思いがありました。そして何より、本人自身は受診を望んでいませんでした。

今が穏やかに見えることと、あのとき本人の意思を十分に尊重できていたかどうかは、別のことなのだと思います。

認知症のある方の意思を尊重することは、とても大切です。

ただ、実際の現場では、きれいごとだけでは解決できないこともあります。

本人の希望、家族の限界、周囲の人たちの生活、本人自身の安全。

それぞれが、いつも同じ方向を向いているとは限りません。

だからこそ、私は今でも考えます。

もっと本人に説明できることはなかったのか。もう少し本人自身が選べる余地を残せなかったのか。別の方法はなかったのか。

答えは出ていません。

私は、この支援が間違っていたと言いたいわけではありません。家族が救われたことも事実ですし、本人が今、穏やかに暮らしているように見えることも事実です。

それでも、「結果的にうまくいったから、これでよかった」だけでは終わらせたくありません

本人の立場から見ればどうだったのか。

支援する側の判断はどうだったのか。

簡単に結論を出さず、考え続けること。

それもまた、本人の意思や権利を大切にすることにつながるのではないかと思っています。

プロフィール
しるべ
しるべ
認知症看護認定看護師
認知症看護認定看護師として、認知症疾患医療センターで認知症に関わっています。 これまで急性期病院での勤務経験があり、ケアマネジャー資格、家族の介護経験もあります。 専門職としてだけでなく、家族として悩んだ経験も含め、日々の関わりの中で感じたことや気づいたことを、自分の言葉で綴っています。 正解を押しつけるのではなく、「こんなこともあるよね」と一緒に考えられる場所にしたいと思っています。
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