日々の気づき

専門職にはみえにくい、介護の夜

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今日は、介護をしているご家族との話の中で、改めて「現場の声」の大切さを感じる出来事がありました。

家族は眠りたい。でも、深く眠れば認知症のある家族の外出に気づけない。専門職には見えにくい「介護の夜」を、家族の言葉から考えます。

あるご家族から、

「夜、なかなか眠れない」

という話がありました。

私は最初、

「介護が大変で、眠る時間が十分にとれないということなのかな」

と思っていました。

けれども、話を聞いてみると少し違いました。

単純に「眠る時間がない」ということではなく、安心して眠れないのです。

私は、

「今は、比較的自然な眠りにつながるようなお薬もあります。薬に頼りたくないという気持ちはあるかもしれませんが、少し力を借りて眠ることも、介護を続けていくうえでは大切かもしれませんね」

そんな話をしました。

ところが、そこにいた別のご家族から、こんな経験談が出ました。

以前、睡眠薬を飲んで眠ったことがあったそうです。

ところが、目が覚めたときには、認知症のある家族が家の中にいなかった。

夜中に家を出てしまっていたそうです。

その話を聞いたとき、

「ああ、そういうことなのか」

と思いました。

私は「介護する人が眠れること」を考えていました。

しかし実際に介護している人にとっては、

自分が深く眠ってしまうことで、家族が外に出たことに気づけないかもしれない。

そこまで考えているのです。

これは、専門職として話を聞いているだけでは、なかなかわからない感覚だと思います。

「眠れること」と「安心して眠れること」は違う

専門職の立場から考えると、

「眠れないのであれば、眠れるようにした方がいい」

という発想になりやすいと思います。

もちろん、それが間違っているわけではありません。

介護する人が休息をとることは、とても大切です。

ただ、そのご家族にとっては、

「眠れること」と「安心して眠れること」は同じではありませんでした。

自分が眠っている間に何か起こるかもしれない。

家から出てしまうかもしれない。

転ぶかもしれない。

何かあったときに気づけないかもしれない。

そう考えれば、

「眠りたいけれど、眠るのも怖い」

という状態になることもあるのだと思います。

この感覚は、実際に介護をしている人でなければ、なかなか実感できないものかもしれません。

家族が頑張り続けなくてもよいことは、「家族は神様ではない。認知症介護は「二択」で考える」でも書いています。

家族同士だから出てくる工夫もある

その話をきっかけに、別のご家族から、

「うちは内鍵をつけるようにしている」

という話も出ました。

さらに、

「GPSはどうやって持ってもらえばいいんだろう」

という話もありました。

こういった話を聞くと、私はどうしても専門職として考えてしまいます。

内鍵をつけることで、本人の行動を制限することにならないだろうか。

GPSをつける前に、できるだけ外へ出なくても安心して過ごせる環境を考えられないだろうか。

本人にとってどうなのか。

本人の尊厳はどうなのか。

そういうことを考えます。

それは、それで必要な視点だと思っています。

でも今日、少し違うことも感じました。

実際に介護しているご家族にとっては、

「では、今夜どうするのか」

なのだと思います。

今日も外に出るかもしれない。

今夜も眠れないかもしれない。

明日も仕事があるかもしれない。

そんな中で、

「本人にとってより良い環境を考えましょう」

と言われても、

「それはわかる。でも、今夜はどうすればいいの?」

ということもあるのだと思います。

「事件は会議室で起きているんじゃない」

少し大げさかもしれませんが、今日の話を聞きながら、映画『踊る大捜査線』の有名な言葉を思い出しました。

「事件は会議室で起きてるんじゃない。現場で起きてるんだ」

認知症介護も、似たところがあるのかもしれません。

会議室で考える支援。

専門職同士で考える支援。

教科書で考える支援。

どれも必要です。

けれども、実際の介護は家の中で起こっています。

夜中に起きること。

玄関の音が気になって眠れないこと。

少し目を離した間に家族の姿が見えなくなること。

「今日は大丈夫だろうか」と思いながら眠ること。

そこには、私たち専門職が想像しきれない現実があります。

軽く提案することの怖さ

今日、一番心に残ったのは、

良かれと思った提案でも、その人の生活を十分に知らなければ、簡単には言えない

ということでした。

「眠れないなら薬を使ってみてはどうですか」

それ自体は、おかしな提案ではないと思います。

でも、その人がなぜ眠れないのか。

眠ってしまうことに、どんな不安があるのか。

過去に何があったのか。

そこまで聞かなければ、本当の意味ではその人に合った提案にはならないのだと思います。

専門職として知識を伝えることは大切です。

ただ、それより前に、

「なぜそうしているのか」

「何が一番怖いのか」

「これまで何があったのか」

を聞く必要がある。

今日は、そんな当たり前のことを、家族の言葉から改めて教えてもらいました。

現場の声から学ぶ

私は認知症のある方の立場から考えることを大切にしています。

これからも、その考えは変わらないと思います。

でも本人の立場だけでもなく、家族の立場だけでもなく、専門職の立場だけでもない。

それぞれの立場から見えている景色は違います。

だからこそ、実際に介護している人の話を聞くことには大きな意味があるのだと思います。

同じ境遇の家族同士だからこそ、

「うちもそうだった」

「こんな方法を使った」

「それは怖かった」

と話せることがあります。

その中には、専門職が教えるだけでは得られない知恵があります。

今日は、

現場を知らずに支援を考えることの怖さと、現場の声を聞くことの大切さ

を改めて感じた一日でした。

専門職だから答えを持っている。

そう思わないことも、大切なのかもしれません。

むしろ、

「それは考えていなかった」

と教えてもらえる場所に出ていくこと。

そこから一緒に考えること。

それも、認知症の支援には必要なのだと思います。

本人の生活も、家族の生活も守るために、暮らす場所を選び直すことが必要な場合もあります。「認知症になったら、どこで暮らすのか②――自宅・施設・病院という選択肢」では、そのことについて考えています。

プロフィール
しるべ
しるべ
認知症看護認定看護師
認知症看護認定看護師として、認知症疾患医療センターで認知症に関わっています。 これまで急性期病院での勤務経験があり、ケアマネジャー資格、家族の介護経験もあります。 専門職としてだけでなく、家族として悩んだ経験も含め、日々の関わりの中で感じたことや気づいたことを、自分の言葉で綴っています。 正解を押しつけるのではなく、「こんなこともあるよね」と一緒に考えられる場所にしたいと思っています。
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