認知症になったら、どこで暮らすのか①――ライシャワー事件から考える精神科病院と認知症ケア
私が精神科で働き始めて、まだ1〜2か月ほどの頃だったと思います。
精神科医療について分からないことばかりだった私に、精神科医療に長く携わっている方が「ライシャワー事件」の話をしてくれました。
当時の私は、その話が日本の精神科医療とどうつながっているのか、正直よく分かっていませんでした。
今になって、認知症の人への支援を考える中で、あの時の話が少しずつ自分の中でつながってきたように感じています。
精神科病院か地域かを単純な二択にするのではなく、本人と家族の状態に応じ、その時に合う暮らしの場を考える必要があります。この記事では、ライシャワー事件以降の精神科医療と認知症ケアの変化から、その選び方を考えます。
ライシャワー事件とは
1964年、当時の駐日アメリカ大使だったエドウィン・ライシャワー氏が、精神障害のある少年に刺された事件です。
ただ、この事件をきっかけに突然、「精神障害のある人を病院に入れておこう」という流れが始まったわけではありません。
日本ではそれ以前から、精神科への入院を中心とした医療が進められていました。
その中でこの事件が起こり、
「精神障害のある人を地域で生活させていて大丈夫なのか」
「社会の安全のためには病院で管理した方がよいのではないか」
という社会防衛的な考え方を強める一つの契機になったとされています。
病院が「暮らす場所」にもなった
長期間入院する人が増えると、精神科病院は治療する場所だけではなく、そこで毎日を暮らす場所にもなっていきます。
朝起きる。
食事をする。
人と話す。
身体を動かす。
作業をする。
一日の生活リズムを整える。
そのため精神科では、薬による治療だけではなく、作業療法やレクリエーションなど、「生活そのもの」を支える取り組みも積み重ねられてきました。
ここで私は、認知症ケアとのつながりを考えるようになりました。
BPSDへの対応は、まず薬以外から考える
認知症では、
「家に帰りたい」と繰り返す。
夜眠れない。
介護を嫌がる。
不安や怒りが強くなる。
こうしたBPSD(認知症の行動・心理症状)がみられることがあります。
BPSDへの対応では、まず非薬物的な働きかけを考えることが基本になります。
なぜ不安なのか。
痛みや便秘などの身体的な原因はないか。
周囲の環境が本人を不安にしていないか。
好きな活動や役割を取り入れられないか。
生活リズムを整えることはできないか。
そうしたことを考え、それでも症状が強く、本人や周囲への危険などがある場合には、薬物療法を検討することになります。
つまり、BPSDを見たらすぐ薬を使うのではなく、まずその人の生活を見ることが大切なのだと思います。
精神科医療との親和性
ここで精神科医療とのつながりが見えてきます。
精神科病院では、病院や病棟によって違いはありますが、作業療法をはじめ、人と接する時間、身体を動かす時間、生活リズムを整える取り組みなどが組み込まれているところがあります。
認知症のBPSDに対して非薬物的な働きかけが大切だと考えると、こうした精神科医療の経験と認知症ケアには、一定の親和性があるのではないか。
私は最近、そんなことを考えるようになりました。
ただし、今の基本は「地域で暮らす」こと
ここで、もう一つ忘れてはいけないことがあります。
現在の認知症施策では、認知症になっても本人が尊厳と希望を持ち、地域の中で自分らしく暮らしていくことが大切にされています。
いわゆる「新しい認知症観」です。
認知症になったから、病院へ。
認知症になったから、施設へ。
そう単純に考える時代ではありません。
認知症になっても、できることがあります。
役割を持つこともできます。
希望を持って地域で暮らし続けることもできます。
これが、現在の認知症施策の大切な前提です。
こうした考え方を日々の支援にどうつなげるかについては、「心に残った講演――同じ支援でも意味は変わる」でも、GPSや離床センサーの使い方を通して考えています。
だから私は、
「精神科病院と認知症ケアには親和性がある」
ということと、
「認知症の人は精神科病院で暮らした方がよい」
ということは、まったく別の話だと思っています。
基本は、本人が望む場所で、その人らしく暮らせること。
そのために地域の支援を整えていくこと。
ただ現実には、BPSDが非常に強くなり、本人も家族も生活できなくなることもあります。
その時に、精神科病院という選択肢を最初から否定する必要もないのではないか。
大切なのは、
「地域か病院か」と二者択一にするのではなく、その人と家族にとって、その時に何が必要なのかを考えること
なのだと思います。
続きの「認知症になったら、どこで暮らすのか②――自宅・施設・病院という選択肢」では、「地域で暮らす」という理念を大切にしながらも、BPSDによって家族が眠れないほど追い詰められる現実も含めて、自宅、施設、病院という選択肢を考えています。
